石川が歌う吉岡治作品の代表作で男女の激しい恋、女の情念を歌う「天城越え」。ご存じ石川さゆりの代表曲の一つである。
しかし最初に詩を見たとき石川は思わず「こんな曲歌えないです」と言ったそうだ。
「あなたを殺していいですか」など激しい歌詞に戸惑ったらしい。
しかしなぜ「天城越え」は大ヒットし、今でもファンを増やし続けているのか?
やはりその魅力は歌詞にあると思う。前述の「あなたを殺していいですか」は激しい女性の情念を端的に表現する歌詞だ。
それまでの演歌では、歌われる女性は激しい情念を持っていてもそれを決して表に出さず、じっと耐えて男を待つ女性像が多かったように思う。
それに対して「天城越え」では、激しい情念をストレートに表現してる。それが昭和から平成に向かう世で、新しい女性像として受け入れられたのではないだろうか。
そして石川はあるインタビューでこのように答えていた。
「この曲の女性は私とは全く違っていました。今まで歌ってきた歌の中の女性はの経験を通して歌うことが出来ましたが、、この曲ではどう歌えばいいか非常に迷ってしまったのです。結局、演技をすることにしました。すなわち歌の女性像を自分なりに作り上げ、その女性になりきり思いっきり演じて歌うことにしたのです。」
石川が作り上げた「天城越え」の女性像は、つまり一種のアバターだったのだろう。そしてその曲を聴くオーディエンスも自分のアバターを作り感情移入していった。それが大ヒットのつながったと思った。
一つのエピソードがある。この「天城越え」をメジャーリーガーのイチローが2008年、打席に入るときのテーマ曲に選んだ。
「津軽海峡・冬景色」を紅白歌合戦で見て、年明けに兵庫県で開いたコンサートにイチローが足を運んだ。そうしたら「天城越え、かっこいい!」と感じたらしく、テーマ曲にしたいと思ったようだ。いろいろな記録超えがかかっている時期で心に期するものがあったらしい。早速「楽曲を使わせてほしい」と石川に依頼したそうだ。
アメリカで活躍する日本のサムライにエールを送りたいという思いから、音源は石川からプレゼントすることにしたらしい。ところが送ったら「大変恐縮ですが、これでは打席に立てません」と言ってきた。
「打席に立ったとき、よし行くぞという気持ちになれる、肌に浸透する感じ、もっと地鳴りのするものが欲しい」と説明されて音を作り直した。
ある程度出来上がった時期、ちょうど明治座(東京都中央区)で公演中だったのでスタジアムで鳴らすことを考え、広い所で聴いてみたいと終了後に音をガンガン鳴らしてチェックした。その後イチローに送ってそしてOKをもらった。
野球と石川のいるエンターテインメントの世界は分野こそ違うけれど、イチローの気持ちは石川に伝わったようだ。
わざわざ作った音源に注文をつけたイチローに、その思いを汲んで自分の公演終了後に実際に近い状況でチェックをした石川。お互いがそれぞれのプロフェッショナル。それぞれがそれぞれの思いで最高のパフォーマンスを行う。
このエピソードを知ったとき「天城越え」の魅力がまた増した気がした。
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