2013年3月31日日曜日

春の味

春の味はほろ苦い。以前はツクシやフキノトウなど春の食べ物は得意じゃなかった。あの苦味やエグ味がダメだった。

しかしある人にこう言われた。「あの味が春の味じゃないか。あの苦さはこれから芽吹く生命の味なんだ。」
ふ~む、確かにそうだ。春の食べ物は苦い味のものが多い。そこで少し調べてみた。

昔から「春は苦味を盛れ」といわれるように、この季節に出回る山菜類などは苦味やエグ味が強い。冬の終わりから早春にかけて、田んぼや山野には春特有の苦みと香りを持った山菜がたくさん顔を出す。春の使者といわれる「ふきのとう」、山菜の王様と呼ばれる「たらの芽」、春先に一度は食べたい「せり」、ゆっくり育ち強力なパワーを持つ「行者にんにく」。それぞれ冬の間に体内に蓄積された脂肪や老廃物を排出し、活動的な体に目覚めさせる働きがある。ホウレンソウや春菊のエグ味はシュウ酸、ワラビ・ゼンマイのそれはサイカシン。フキ・クワイの苦味はカテキン・サポニン・クロロゲン酸らしい。

こうしてみると、苦味・エグ味の成分にはクロロゲン酸、カテキン、サポニン、タンニンなどの抗酸化作用があるポリフェノールが含まれていることに気がつく。特有の苦みと香りを持っており、苦味はアクとして「アク抜き」され調理されるが、このアクはタンニンなどのポリフェノール類など抗酸化力などの有効な成分が含まれている。アク抜きは必要な食材も多いが、アクを抜きすぎないように気をつけたい。

アーユルヴェーダでも、苦味がもつ効能について次のように言っている。
「解毒、脂肪の除去、殺菌、味覚の回復、消化を促進させ毒素を燃やし、かゆみ・炎症やのどの渇きを鎮静させ、血管やあらゆる身体組織を浄化する。」

あの苦さは冬の間ずっと蓄えてきた命のエネルギーの味なのか。冬を乗り切り、春になって芽吹いた生命が蓄えていた命の味なんだ。ホルモンバランスを崩しやすい春は、肌荒れを起こしたり、体調を崩しやすい季節でもある。そこで、生命力にあふれる山菜などを食べて栄養をとるのは、理にかなったことなのかもしれない。

そう思ったら、あの苦さを味わえるようになった。考えてみれば日本人は春というものを目で楽しみ味でも楽しんだんだなぁ。

ふとTVを観ていたら、ツクシを摘みに来ていた年配の女性がこう言っていた。「ツクシは傘が開ききったのが苦みが少なくて美味しいです。」苦味は出来れば少ない方が良いと思っているのは自分だけじゃないようだ。

2013年3月30日土曜日

花粉症

30歳になって花粉症になり、それから10年あまり...花粉症とも長い付き合いとなった。

花粉症対策としていろいろ試した。もちろん医薬品を服用するが、医薬品は飲むと眠くなったり喉が渇いたりと何かと不便なことも多い。そこでそれ以外のものも試してきた。

まずは凍頂ウーロン茶。台湾を代表する烏龍茶で台湾の凍頂山で栽培したことがはじまりとされるウーロン茶で、アレルギー反応を抑制するメチル化カテキンの含有量が多いことから花粉症に有効であるとされている。

実際に飲んでみると確かに効いた。数年は凍頂ウーロン茶で乗り切ってきたが、ある年の花粉が例年以上の量で、さすがに凍頂ウーロン茶では対応できず。残念。

当時は朝作ってそれを飲んでいたが飲み干してしまうと出先などではどうしようもない。それにカフェインも含まれているため夜寝る時は眠れなくなるため飲めない。

そこで凍頂ウーロン茶に代わるものはないかとネットで探したら、マグネシウムが効くという情報。早速ドラッグストアへ行ってマグネシウムの錠剤を購入。

こちらもそれなりに効いた。

実はマグネシウムが効くという情報は、もともと「にがり」が効くという情報からきたもので、当初は「にがり」を入手しようと探したがスーパーには無い。ネットで検索すると見つかったが非常に高価だったため断念し、マグネシウムの錠剤にした経緯があった。

ところがある日、近くにスーパーに行くと「にがり」があるではないか。値段も100ml入りで250円とリーズナブル。早速購入して試してみる。

うむ良い感じ。

「にがり」は原液では飲まないので5~10滴程を薄めて飲む。基本は水だが缶コーヒーに入れても大丈夫。このあたりが非常に利便性が良い。凍頂ウーロン茶と違ってカフェインは含まれていないので就寝時でも大丈夫だし、小瓶に入れて携帯すれば出先でも簡単に飲むことが出来る。

効果持続時間は2~3時間程であるが、前述の通り携帯性なども良いためさほど苦にならない。効果が切れてきたなと思ったら手近にある飲み物に数滴入れて飲めば良い。医薬品は一粒で半日から1日持続する商品も多数あるが、コストパフォーマンスでは圧倒的に「にがり」に軍配が上がる。

さらには、医薬品の場合は効き目が弱いなと思っても追加でもう一錠飲むというのは難しい。しかし「にがり」であれば、効き目が弱いと思えば再度追加して飲むことが可能。

この点も便利である。

しばらくは「にがり」のお世話になるだろうなぁ。

皆さんの参考になれば幸いです。


2013年3月29日金曜日

ドラえもん

1980年公開の『ドラえもん のび太の恐竜』から始まった劇場版ドラえもんの累計観客数が1億人を超えたらしい。

1億人とは観客が親子2代から、場合によっては3代に渡っていることを意味している。改めてドラえもんの人気に高さを感じさせられる。

ドラえもんというと四次元ポケットから取り出す道具に注目されがちだが、それ以外にも大人向けの内容になっている作品のドラえもんには多い。

たとえば「45年後・・・」という作品。その中で45年後からやってきた大人ののび太が子供ののび太に次のように語りかける。

「一つだけおしえておこう。きみはこれから何度でもつまづく。でもそのたびに立ち直る強さももっているんだよ。」

そうだよな。のび太は人よりたくさんつまずいている。でもその度立ち上がっている。それはとてもすごいことだ。このことに気づいた時、のび太への考え方が変わった。弱い人間だと思っていたのび太は実はとても強い人間だったんだ。
人は誰もつまずいたり転んだりしたくない。しかしつまずいたり転んだりしない人間はいない。もし倒れたら立ち上がらないと次には進めない。

多分のび太は他の人が倒れてなかなか立ち上がれない時でも、さっさと立ち上がり前へ進んでいくんだろうな。そして歩むスピードは遅くても結果的には人より早く目的地にたどり着けるのかも知れない。

ちなみにこの「45年後・・・」という話は一部の熱狂的なドラえもんフリークの間では実質的最終回(または最終回として制作された話)ではないかと話題になった。
実際に2005年3月11日にTV放送された「45年後・・・」は、30分番組の通常放送としては最後の大山のぶ代版ドラえもんの放送であった。
当時は単行本未収録で映像化もなかったため、このことがいっそう議論が盛り上がったようだ。

今までにも「大人ののび太」が出てくる話は多々あったが、45歳という年齢ののび太が出てきたのは最初で最後。それは、のび太という少年のある意味での「成長物語」の決着だったのではなかっただろうか。どんな人生を歩んでもそれに立ち向かっていける強い心をずっと持ち続けている事が出来る。そういう人間にのび太は成長したということを表現したかったのかも知れない。

累計観客数が日本歴代1位のドラえもん。2位は「ゴジラ」シリーズ、3位は「男はつらいよ」しりーずだそうだが、2・3位とも制作は終了しているため今後はドラえもんの独走だ。どこまで記録を伸ばすのだろう。楽しみだ。

2013年3月27日水曜日

シュガーマン

『シュガーマン 奇跡に愛された男』(Searching for Sugar Man)は、2012年のスウェーデン・イギリスのドキュメンタリー映画で、本年度のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した作品。あらすじは次の通り

「メキシコ移民の子でデトロイト生まれのシンガーソングライターのロドリゲスは、1970年代初頭に米国で歌手デビューするが全く売れず(全米で6枚しか売れなかったという話も)アメリカ音楽界から消え去った。
しかし数年後の1970年代末、どういうわけか突如アメリカから遠く離れた南アフリカ共和国で爆発的に大ヒット。累計で50万枚以上のセールスを記録した。
しかし南アフリカでは、そのロドリゲスが誰なのかその後どうなったのか誰も知らない。
そこで現代の南アフリカのジャーナリストとレコード店の店主がある人物がロドリゲスの消息を求めてウェブサイトを立ち上げる。そこのある人物から連絡が入る...」

それまでの音楽ドキュメンタリーといえば有名人を取り扱ったものが多かった。商業的にもそうでなければ成功はおぼつかない。誰も知らないミュージシャンの話など興味を持たないのだ。

しかしこの映画は全く無名のミュージシャン(南アフリカを除く)の音楽ドキュメンタリー。
題名となった「シュガーマン」という曲を聴いた。確かに良い曲だとは思う。しかし他の有名ミュージシャンの良いトコ取り的な感じでオリジナリティーはあまり感じなかった。

当時の南アフリカは悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)を行っていた。このアパルトヘイトに南アフリカの白人の多くは賛同していたと思われるが、中にはリベラルな考え方をする人間もいてそのような人たちは自分たちの考えを表現する芸術に飢えていたのだろう。そしてロドリゲスの歌がそれにマッチした。南アフリカで売れてアメリカで売れなかったのはこの辺にあるのかもしれない。

無名のミュージシャンが突然売れ出すというのは現代でもあり得ることだ。しかしそのミュージシャンが誰か分からないということは今ではありえない。ほとんどの今のミュージシャンは自分のHPをもっているのでネットで検索すれば大概の情報は得ることが出来る。音楽は知っているが演奏者のことが分からないということは起こりえないことなのだ。

インターネットが無かった時代だから起こった出来ことなんだろうし、その曲だけでミュージシャンに興味を持たなかったのも面白しろい。ノスタルジックあふれる話だな。
曲だけが大ヒットしてそのミュージシャンが無名のままとは、どこか全米でヒットした「スキヤキソング」即ち「上を向いて歩こう」を思い出す。
機会があったら観てみたい映画の一つとなった。

ちなみに「シュガーマン」とは麻薬の密売人のことらしい。



2013年3月26日火曜日

さくら

現在は満開の桜というと、花見で昼夜問わず大騒ぎをしている。それは果たして昔からそうだったのだろうか。
想像して欲しい。満開の桜の下から人を取り去った風景を。その光景は美しさよりも怖さを思い起こさせはしないか。

古来、桜は観賞するものではなく、山奥に咲き人知れず散っていくそういう花であった。今のように観賞用の桜など無く、里では観ることができない花だったのだ。そして山奥で桜の咲く様子はあまりに幻想的であり、その美しさに古人は畏敬と時には恐怖の念を感じて桜には近寄らなかった。

坂口安吾の「桜の森の満開の下」に、昔の旅人が夜の山道で満開の桜を見て、恐れおののいて急いで桜の下を通り過ぎたという話が出てくる。

昔は満月の夜にその月明かりで旅していたのだから、月明かりの下の満開の桜は旅人にどう映ったのか?
ほんの一ヶ月前までは老婆のような枯れたような老木が、今はこの世のものと思えない程の美しさに変わっている。そこにアヤカシの存在を感じ取ったのも無理もない。桜の木のそばには鬼が住んでいて、人が桜の美しさに誘われて近づくと鬼に食われてしまうとさえ思っていた。

実際に美しい桜を観たいと家族の反対を押し切って山奥へ行き、行方知れずになる者もいただろう。そう言うときは、桜のそばの鬼に食われたのだと噂されたと思う。

それが江戸時代になりソメイヨシノが開発され桜は一気に普及した。それはソメイヨシノは従来の桜にない長所を幾つか持っていたことに起因する。
まず一つは、ソメイヨシノは先に花が咲き後から葉が開く。桜の種類によっては花と葉がほぼ同時に開くものもあるが、ソメイヨシノのように花が先のほうが見ばえが良く評判がよかった。
二つめは成長が早くて10年も経てば立派な木になり、他の桜に比較すると若いうちから花を咲かせる。またソメイヨシノの花は少し大き目で、花付きもよく見た目が豪華であった。
これらの長所を持っていたため、ソメイヨシノは明治に入ってから、全国の城跡や公園、学校、河川の堤防沿いなどに植えられ、急速に普及していった。現在では観賞用の桜の殆どはソメイヨシノである。
そして昔は桜を恐る恐る鑑賞していた人々も、その美しさを手軽に鑑賞できるようになったのだ。流石に鬼も里へまでは降りて来られまい。

一度月明かりの下の満開の桜を観てみたいと思うが、今の世では他の灯りが多く純粋な月明かりの下というのは難しいか。というよりその美しい恐怖を恐れているのかも知れない。